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お知らせ & イベント情報

続・インドの旅パート5『ビックリ仰天、また世界遺産ですか?』

卸営業の池澤と代表水野が行く、インドフェアトレードパートナーを訪問する旅の続編。

今日は、数日間お世話になったMITANとShramikを離れて、新しいフェアトレードパートナー『Sandur(サンドゥール)』に向けて出発です。
なんと、Gopiさんに聞くと、車で6時間もかかるとの事。大変です。
今回たまたまShramikの染めのマネージャー、スシールさんがSundurの要請で染め工房の機械の修理とチェックをする為に一緒について来てくれるとの事。Shramikのドライバー、マクドーンさんに運転をしてもらっての旅の始まりです。

ShramikとSandurは昔から繋がりがあるそうで、Gopiさん曰く、Sundurが始めて海外に商品を出荷する際には、Gopiさんがお手伝いをしたそうです。

朝9時半に出発の為、MITANオフィスで用意していると、Gopiさんが『インドが初めてだというから、行きしなに観光でも行ってきなさい。スシールとマクドーンに寺院に寄るように伝えてあるから』と粋な計らいをしてくださいました。夕方にはSandurに着いて、向こうの方と話が出来ればとは思っていましたが、『通り道で少しぐらいなら大丈夫か』と思い、そして水野も『いいよー』 と・・・。ありがたいです。

どんな寺院に寄れるのか?どこの街に寄れるのか?あまりよくわからないまま、ただ嬉しくて楽しみに出発しました。

車を飛ばして約2時間。ここである村に到着。なんとそこはスシールさんの実家です。少し寄り道で寄った様です。(聞いてないよ!?)
おじいさんやおねえさん、おじさんまでやってきて、ちょっとした歓迎モードです。実は、染めと織りでサリーなどを作る工房なんです。おじいちゃんの世代から続くこの工房。スシールさんの知識や技術もここで見につけた物なのでしょう。家の中にはサリーのストック部屋があり、数件先には、織職人さんが仕事をしています。伝統技術の継承って日本では、難しい感じで言われてますが、インドではホントに普通に行われています。大切な物が大切にされている。当たり前かもしれませんが、そんな単純な事に嬉しくなります。

旅は長いです。実家でお邪魔するのもそこそこに、先を急ぎます。

バダミ石遇
バダミ石窟

さらに車にのって1時間。ちょうどお昼ぐらいです。つきました。バダミという街にある、『バダミ石窟』です。ここは、大きな岩山を洞窟のように彫って作られたお寺です。スシールさんによるとこれは『世界遺産』だそうで、岩山のてっぺんは大砲がおいてあります。昔の要塞で、その日はそこに上がる道は入場禁止になっていました。全部で4つの石窟寺院が岩山の壁に彫られているのですが、階段と坂を登っていくのだけでもなかなか大変です。でも、上から眺める景色は最高でした。また、壁面には仏像や文字などさまざまな彫り物が残されていていて、その仕事は素晴らしいものばかりです。

しつこいようですが、旅は長いです。先を急ぎます。

スシールさんに『お昼食べる?』と聞かれましたが、水野も私もお腹の調子はいまいち。衝撃のチリから、日々続くカレー攻撃で胃の調子がまだ完全でないのもあり、『まだいらないよ。でも、食べたかったら食べてね。』とだけ伝えると、スシールさんも『まだ大丈夫』と先を急ぎます。

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無事ポストに投函

さあ、観光もおわりました。時間は12時半過ぎたところ、実質3時間はくるまで走ったので、残り3時間の計算。少し大目に計算しても夕方にはSandurに到着です。『ついたら何から始めよう』『生産者の村とかに連れて行ってもう御願いしよう』など、着いた時の事に思いが巡ります。

途中、ある街を通っている最中に郵便局を発見。急遽止まってもらって、ここからシサムのお客様宛てにお誕生日カードを投函します。切手もそこで買ったのですが、領収書を御願いすると、『切手に金額が書いてある』と言われて『えっ!?』となる。こっちが間違って理解したか、伝わっていないのか?念の為スシールさんに通訳をしてもらってもう一度聞いてもらうと・・・郵便局のオッちゃん怒って『Noooooo!!』と言ってました。切手手元にのこらないので、領収書にならなじゃないですか!と思いながら、あきらめる。切手はしっかりと貼って、ポストに投函。(届いた方、いらっしゃいますか?)

さらに先を急ぎます。

バダミから1時間半程走ったでしょうか?スシールさんもマクドーンさんもまだお昼を食べてません。
申し訳ないなー と思っていたら、急に車がスローダウン。村の屋台の前で止まりました。
『あぁ、やっとお昼食べるんや』と思い、『お昼?ここは出すよ』といいました。
するとスシールさん『いやいや、違う違う。着いたんだよ』と笑顔。
水野、池澤は目が点。一瞬『Sandurに?』とも思うが、何か雰囲気がちがう。

『レッツゴー』とスシールさん

『何処に?』と池澤

スシールさん 『別の寺院だ』

ビックリ仰天!!また世界遺産ですか・・・?

パッタダカル寺院群
パッタダカル寺院群

パッタダカルの寺院群  詳しくは  コチラ

建物や石像がいっぱいあり、とてもステキな場所でした。見学の最中、バシバシ写真を撮っていたら、勝手に観光案内のおばさんが着いてきて、一つ一つの説明をし出します。

水野とスシールさんが早々と先に行くなか、次々に石像の説明をされる。『OK、Thank You』と言って立ち去ろうとすると、『No,NO,NO』と言って次の説明を・・・。

めんどくさいというよりは、時間も時間なので『ごめん、いかなきゃ』といって、半ば無理矢理そこを立ち去り、おばさんとおさらば。

後でスシールさんに『おカネ払わずに済んでよかったね』と・・・。『あぁ~、そういう事か~』と・・・。また一つ勉強に。

この時点で、15時半。少しスナックをお腹にほりこみ、改めてSandurに向けて出発。
念のためスシールさんに聞いても、『Sandurだ』と言ってくれて一安心。
聞けば、あと2時間で着くとも言っているし。まだ何とか、着いて一仕事は出来るだろう。『マクドーンさん御願い』と祈りつつ、出発。しかし、甘かった。この時点で甘かったというよりは、今日の朝から甘かった。
なぜなら、そこから車は2時間たっても、3時間たってもSandurにつきません。4時間たってもつきません。この時点で19時半。お尻も痛くなってきました。
その後『あとどれぐらいで着く?』と聞くと、『あと1時間ぐらいかな~?』って言ってます。 道はだんだん暗くて険しく、そして今までにないぐらいボッコボコになってきました。激しく揺れる中、途中でスシールさんが外に歩いている人に道を聞いています。インド人は地図をみません。見方もしらなければ、あてにもならないそうです。

というか、Sandurいった事ないの?という疑問が・・・。

するとスシールさんが、『行った事はあるけど、この道は僕もマクドーンも初めてなんだ・・・』と。

水野も私も『???』です。『迷ったの?』と聞くと、絶対に『迷った』なんていいません。

ただ『初めてだから』と・・・。

そして『何で、初めての道で来たの?』の質問に思わぬ答えが・・・

『だって、君達を観光に連れて行かなければいけなかったから・・・。遠回りしてるんだよー』・・・と

この瞬間、わたしは、そして恐らく水野も心の中で『なーにー』と叫んでいたでしょう。しかし、ここは抑えて、『そうだったのかー、わざわざありがとう』と・・・顔は少しひきつりながら・・・。

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結局、Sandurに着いたのは夜の21時半。12時間ドライブです。肩から背中、そしてお尻もガチガチにこっていました。

最初に聞いておけばよかった。どこに行くのか?どのルートでいくのか?スシールさんの実家に行くのも計画的だったのか?
地図もないので、どれぐらい遠回りしたのかはその時は解りませんでしたが、帰ってきて調べると、通常ベルガウムからSandurの近くまでは、ハイウェイが走っていて、それで行くと6時間でいけるようです。一方私達は、下道を延々と、しかも遠回りでひたすら走っていたようです。そりゃ12時間もかかります。

あぁ、疲れた。そして後半のボコボコ道で久しぶりに車酔いしそうでした。
その晩はSandurのゲストハウスに泊めて頂きました。もちろんその日はSandurのスタッフの方には会えず。全ては明日に持ち越しです。あー大変。どうしよう。

次回、『Sandurオフィスと生産者を訪問~仕事を終らせる事が出来るか?~』の巻

池澤

シサムのフェアトレード・ファッション from NEPAL

今、シサムの商品開発スタッフは、ヒマラヤ山脈の麓、癒しの国、ネパールにいます。
より、魅力的で、よりクオリティの高い商品を作る為に、目下奮闘中です!

でも、
「どんなところで、どんな人が、どのようにフェアトレード商品を作っているの?」

話や文章だけでは、なかなかイメージ出来ないですよね?

シサムの、オリジナル・フェアトレードファッションを支えてくれている
フェアトレードNGO ”SANA HASTAKALA”の動画を見る事が出来ます。

下の画像をクリックして、是非、ご覧下さい!

ムラカミ

続・インドの旅パート4『MITANオフィスとウールセンターにて』

卸営業の池澤と代表水野が行く、インドフェアトレードパートナーを訪問する旅の続編。

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MITANオフィスにて、Archanaさん
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Pravaotiさん

夜のうちにMITANのオフィスがあるベルガウムという街にやってきました。そんなに都会というわけではないですが、なにぶんインドです。少し“街”になると人が一気に多くなります。ついさっきまでのどかな田舎にいたので、それだけで都会に来たような錯覚になります。宿泊はMITANが借りているゲストハウスに泊めて頂く事に。

さて、一夜明けて MITANオフィスに集合。

そこで合ったのが、オフィスのマネージャー、Archanaさんと会計担当のPravaotiさん。二人とも今年になってMITANで働き始めたばかり。
Gopiさんやナジールさんも交えて、昨シーズンの反省や、来期に向けてのプランを話し合います。シサムとしての要望や、MITANとしてできる事。納期の約束、コミュニケーションの取り方なども話合う事が出来て、今後より一層深いお付き合いが出来そうな良い話合いになりました。

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現在の工房(実際は村の公共施設)

その後お昼にカレーを頂いて、ウールセンターと呼ばれる生産者グループのいる村に連れていってもらうことに。

MITANから車で30分程走った所にそのウールセンターはあります。ここでは、毛糸作りやウール製品の生産を主に行っています。

これがウールセンターの作業が行われている建物。

実は、この建物は村の公民館のような施設で、ウールセンターが朝から夕方まで毎日貸しきりにしています。毎日夕方になると村の若い男達がやって来て、なんと!筋トレ用のジムに早変わりします。ですから、アーティザン達は大量の受注を受けていても残業ができません。

仕事が追いつかない時は、家に持ち帰ってやる事もあるそうです。

そんな彼らには待ち遠しい物があります。

新しい工房(建設中)
新しい工房(建設中)

こちらの新しい建物です。

今はまだ工事中ですが、なんとこのウールセンター独自で貯金とローンを組んで立てた専用の工房です。もうすぐ完成する予定!!ここに、フェアトレードを通したちょっとしたサクセスストーリーが見られます。

彼らは、MITANから依頼される仕事を的確にこなします。そして、得た収入は毎月必ず決めた金額を生産者全員で貯金していったそうです。その貯金は4年間続きました。このグループに参加する全員が自らの給料から貯金したものなので、この建物はだれかの物ではなく、みんなの物ですね。

なんとトイレにはバイオガスを作りだす設備も付ける予定で、そこからエネルギー資源を自給できる仕組みになる予定です。すごい!!

そして、ここでも1人の生産者にインタビューする事が出来ましたので、紹介します。

ラクシュミさん。若いけどしっかりした3人のお母さん
ラクシュミさん。若いけどしっかりした3人のお母さん

ラクシュミ・ジワージー・ナロティーさん (22)

彼女はウールの手織り専門の職人さんです。

この若さ(センターで一番若い)で、既に結婚していて、なんと3人のお子さんがいるそうです。7才・4才・3才でみんな女の子。 7才の子は小学校1年生、4才の子はプレスクール(幼稚園かな?)に行ってます。今の収入源になる仕事はこのウールセンターの仕事だけで、他は家族の畑をたまにお手伝いするぐらいだそうです。

ここで働き初めて約4年。ウールセンターのプロジェクトが立ち上がると同時に働き始めたとの事ですが、それまでは農場で雇われていて 、一日働いて22~25ルピーぐらいの日給(月に30日間フルに働いても750ルピー)、しかも遠くの農場に行かされる事が多く、家に帰る事も出来ず家族に合えない日が続いた事も多かったそうです。今は毎日家族に会えるし、毎月平均で1500ルピーは得られるとの事!!過去には、最高で月に8000ルピー稼いだ事もあるのよ!仕事は毎日が勉強と挑戦!と誇らしく語ってくれました。もちろん、休みもしっかりとっていて、他の街にフェスティバルに出かけたり、実家に帰ったりするのが楽しみ。

今の望みは、子供たちがしっかりと勉強をしてくれること。そして大きくなったら学校の先生になって欲しい。女性はいい先生になれるから・・・と言ってました。そして最後に、シサムにはもっともっと新しいデザイン出して欲しいといって下さいました。

この日もステキなアーティザンの方と出会えて、楽しい時間を過ごさせて頂きました。センターからMITANオフィスへの帰り道、Gopiさんが『どう思った?』と私に質問してきました。私はあまり質問の意図が解らず、『楽しかったよ』と答えると、『彼女達は幸せそうに見えたかい?』と・・・。

答えは『YES』でした。

さて、MITANとShramikでの仕事はこの日が最後でした。翌日は、昨年からフェアトレードパートナーとしてお付き合いを始めた『Sundur』に向けて出発します。車でなんと6時間ドライブの予定・・・でしたが、ここでもいろいろトラブルが・・・。

次回、『ビックリ仰天、また世界遺産ですか?』の巻  お楽しみに。

池澤

続・インドの旅パート3『Shramikの生産者と現場』のお話

卸営業の池澤と代表水野が行く、インドフェアトレードパートナーを訪問する旅の続編。
Shramikのオフィスに到着後、2日目以降は、商品開発のやり取りの合間に生産者の方々に生産現場や今の生活お話 を聞く事ができました。インタビューは数名にお伺いできましたが、ブログでは私、池澤が直接インタビューした方々のみ紹介させていただきますね。

まず、Shramikのオフィスのご紹介。昨日も書きましたが、ここはオフィスのみではなく、工房やストックルームも兼ね備えたしっかりとした施設です。
1階は、大きく二部屋に分かれていて、1つはハンドステッチのお仕事。もう一つのお部屋では、ミシンワークとレザークラフトのお仕事がメインに行われています。生産者の方々はそれぞれに得意な仕事をもっており、その持ち場についてそれぞれの仕事を手際よくこなしています。中には、2つ、3つの仕事ができる生産者の方もいて、そういう人は、生産状況によってその日の持ち場が与えられるようです。昨晩ご飯を食べた庭では、毛糸やジュートの手紡ぎ作業が行われています。紐一本作るにも手間ひまが掛かっている事が伺えます。

2階には5部屋あります。1つはオフィス。あと4つはストックルームです。ストックルームといってもただの在庫がおいているわけではありません。一つは、完成されたサンプルストック(かなりのバリエーション!)。一つは、生地のサンプル部屋(山積み!!)、さらに色んな素材の糸や紐が手紡ぎされた物の在庫(これも山積み)そして最後の部屋にも、サンプル商品や商品のストック(壁の棚一面にぎっしり)。この部屋では、パッキングの作業も行われている様子でした。

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ストックルームにて。壁面にはキャンセルされた商品がギッシリ。撮影は一度日本のカメラを使ってみたかった!?ナジールさん

しかし、ここである疑問が浮かんできました。フェアトレードの生産者は、基本的に商品のストックを持っている所は少なく、よほど国内のマーケットに浸透しているか、自分たちのショップを持っている所でないとそうそう在庫は持っていないと聞いています。ナジールさんに『これ誰用の在庫?』と聞いてみると・・・ナジールさんが『それね、注文もらったから作ったら、キャンセルされたんだよ』と少し苦い顔をしながら・・・。えぇーーーっと思いつつも『何処のバイヤーですか?』と聞くと、少しためらいながらも『日本』と・・・
その瞬間、私は言葉を失うしかなかったです。同情の言葉なんて掛けれる訳もなく、同じ日本人として少し恥ずかしいというか申し訳ない感覚、そして怒りのようなもの。生産者がフェアトレードを扱うNGO団体だからと言って、必ずしも 相手がそれを理解して仕入をしているとは限りません。ただ単純に商品に惚れて仕入れたは良いけど、なんの事情があったのか・・・とにかくキャンセルされたとの事。ここで被害を被ったのはNGO団体のMITANです。Shramikの生産者達は仕事に対しての報酬はもらえます。ある意味生産者に対してはフェアトレードは保たれます。しかし、こんな事が度々あってはNGO団体自体の存続が危ぶまれ、NGO団体が無くなれば生産者の生活もダメになります。いくら作る側、売る側が『これはフェアトレードですよ』といっても、買う側の意識や知識がそこになければ全く意味が無いのだと改めて感じる瞬間でした。やはり、より多くの人にこの『フェアトレード』という、人として当然のこと当たり前のことをもっともっと広めていかないといけない。片方が変わるだけではいけない、みんなに知ってもらう事が本当に大切なんだと改めて感じました。

手際のよい仕事ぶり!!すごい!!
手際のよい仕事ぶり!!すごい!!

さて、話は生産の現場にもどります。1階のミシンワークとレザークラフトの部屋に入りました。ミシンは部屋の奥全体を囲む様に約10台ほど並んでいました。そして、入り口から部屋の真ん中に掛けて床の上でレザーワークをしている女性達が数名います。1人の方は、昨日に引き続きシサムのサンプル商品の完成に向けて作り直しをしてくださってました。他の人は、恐らくヨーロッパから入った注文分の生産の為、黙々と作業をされていました。

その中で、私のインタビューに答えてくれた女性アーティザン(生産者)を紹介します。

Gangabbaさん (ガンガッバさん)  〈45才〉

彼女はShramikでレザークラフトとハンドステッチの仕事をしている3人の子供を持つお母さんです。お子さんは21才と9才の息子さんと18才の娘さん。娘さんは既に結婚していて、1才半のお孫さんもいるそうで、そのこが可愛くてしょうがないそうです。9才の息子さんは小学校4年生で、21才息子さんは無職との事。実はこの息子さんが、昔からポリオの影響で障害を持っていて働ける体ではないそうです。

Gangabbaさん。強いお母さんです。
Gangabbaさん。強いお母さんです。

このShramikで働きだしたのは、このオフィスでのプロジェクトがスタートした8年前との事。それまでは小作農として他の人の土地で農業をしていたそうですが、単価は低く、さらに実動は年に100日程度だったとの事。現在はこのShramikの仕事だけで生計をたて、家族を養っており、収入自体も以前と比べてとてもよくなったそうです。現在は、自分自身に高い望みは無いけれど、自分が一度も学校に行った事がない分、9才の息子にはしっかりとした学校教育を受けさせてあげる!と自信を持っておっしゃってました。ただ、障害をもった息子さんに関してはまだ先々に不安が残っているとの事。最後に『いっぱい注文してね』と期待される笑顔で言われました!!

Shramikオフィスでのインタビューはこんな感じです。他にも、別のアーティザンのインタビューやお宅を訪問もしたのですが、それはいつか行うであろう報告会までのお楽しみです。暖めておきます。

さて、Shramikオフィスも今日までです。明日は、ここから1時間ほど離れたベルガウムという町にあるMITANのオフィスに移動して、代表のGopiさんやナジールさん達と商品ではなく、オペレーションや今後の計画について話合う事に。
そのベルガウムの近辺でもShramikの商品を作っているグループがあります。しかもそこはウールセンターと呼ばれていて、ウール製品が作られる場所です。そこでもアーティザンへのインタビューやグループのちょっとした歴史をインタビューしてきました。とても興味深いものがきけましたので、明日はその内容を紹介しますね。では、お楽しみに!!  池澤

続・インドの旅パート2 『Shramikのオフィスに到着』

卸営業の池澤と代表水野が行く、インドフェアトレードパートナーを訪問する旅の続編・2日目です。

ムンバイより飛行機で1時間半。フブリという空港に到着しました。飛行機が1時間程遅れて到着。Shramik(*1)の人達もかなり待たされたと思います。空港に迎えに来てくださったのは、NGO団体 MITAN(*1) の代表Gopiさん と Shramik の生産者のリーダーのナジールさんが迎えに来て下さってました。

(*1)Shramikは元々カルナータカで活動する、歴史のあるNGOの団体名です。今も土壌改良の研究や、バイオガス設備の研究、普及、学校や病院運営など、多角的な活動しています。もともとそのNGOの一部だったフェアトレード部門が、2008年に発展的に独立し、現在はMITAN として流通販売部門を中心に活動をしています。 MITAN はGopiさんが代表で、独立後もShramik はブランド名や生産部門の愛称として使われていています。ナジールさんが生産部門のリーダー。

ムンバイとは違って、とてものどかな風景で、途中はデコボコ道の中、牛や水牛、羊達をどんどん追い抜きながら2時間程車で走ると、Shramikのオフィスに到着。ここには生産者が集まって商品を作る工房もあり、しっかりとした建物と施設の中で商品が1つ1つ丁寧に作られているのがわかります。
到着後、挨拶もそこそこに、以前から依頼していたサンプルが出来ていたのを見ていきます。シサムがデザインしたアイテムをShramikが創り出す。日本において、フェアトレードの商品を販売して行くには、この関係性がとても重要だと思います。もちろん、Shramikが創っているオリジナルのアイテムもステキな物ばかりです。しかしそれは、現地のニーズやヨーロッパのニーズに向けた物も多く、そのままでは、日本のお客様には必ずしも満足していただける物がお届けできない場合があります。より日本のニーズにあった商品を作ってもらう。これはシサムとっては当然うれしい事なのですが、Shramikにとっても新たな技術の習得と向上につながる事だと、みんなよろこんで挑戦してくれるのも嬉しい限りです。

さて、話はサンプルチェックに戻ります。
ここで大切なのは、Shramikサイドがシサムから御願いした通りのサイズや方法で商品を作ってくれているかどうか?という事になります。

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サンプルの商品を私達二人と生産に関わる工程毎のマネージャーとGopiさんで囲みながら、『ああでもない、こうでもない』と進めていきます。
最初の段階での依頼は全て書面です。それだけではやはり誤解や勘違いもあり、依頼通りに創られてないことも多々あります。また、Shramikサイドで『こっちの方がいいと思って』と勝手にデザインやサイズや技法を変えて作ってしまっている場合があります。 これも、一見すれば『勝手なことやって、困る  なー』となってしまうのですが、それはそれで、彼らなりに職人として挑戦してくれた証です。また、 これらの挑戦から新たな技法が生まれたり、シサムにとっても新たな発見が出てきたりと、ちょっとした『ヒット』が生まれたりもするので、そこはあまり問題視してはいけない所なのかもしれません。

間違っている所や、実物を見て『こっちの方がいいな』と感じた事を一つ一つ丁寧に説明して、お互いに理解しあって進めていきます。 中には、素材とデザインの相性の問題で思い通りに出来ない事もあります。それはそれで、『こういうのはどうだ?』とお互いの意見をぶつけあい、1つのアイテムの完成形のイメージを作りあげます。そしてそれが1つ出来上がる毎にナジールさんが別の女性の生産者の方に説明して、新たなサンプルを作り直してくれます。やはり、直接話しをしてその場で作ってもらえるととても話が早いですね。ほとんどの場合は既に創られたサンプルに少し手を加えるだけなので、あっという間に出来上がり『ほれ』と手渡されます。理想通りの商品がこの手に・・・。この瞬間、『あぁ、来てよかったなー』と、心底この出張への意義を感じる事ができました。

今回サンプルとしてチェックした商品は、今年の秋には入荷する予定の物がメインです。既に来年の春先にデビューする予定の商品のサンプルもチェックしてきました。とてもよい商品が出来上がると思います。皆様、お楽しみに!!

サンプルチェックが終った頃、もう外は真っ暗!!なんと夜の9時を過ぎていました。みんな真剣に取り組んで時間も忘れていた様です。熱いです!!
空腹も感じませんでした。なぜなら、まだ胃が熱い!!(昨日のブログ見てください)

このオフィスの近くに住んでいる革製品のマネージャーのダウロッパーさんとその奥さんが準備してくださった晩ご飯を外で食べました。
まだ熱さが残る胃を、さらにカレーで追い込みます。

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(胃が熱くても更にカレーを食べる水野)

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(池澤にとっては初めてのインドの家庭料理!おいしかったです。手で食べたのも初!)

という事で、最後は和やかにお互いの近況を話ながら、夜が深けていきました。生産者と過ごした初日。とても緊張しましたが、熱いものを持って臨んだせいか(しつこい!)とても充実した一日となりました。

次回は、Shramikの生産の現場、生産者の方へのインタビューなどのご紹介です。お楽しみに!!

行って来ました!!INDIA!!

こんにちは、シサム工房、卸営業の池澤です。去る、6月11日~6月25日にかけて、代表の水野と共に私としては、初めてのインドに行って来ました。目的はもちろん!シサムのフェアトレードパートナーの訪問と、古民具などの買い付けです。今日から、数日にかけて、インドでの珍道中、それぞれの訪問先での出来事や感想を報告させていただきますね!!

インドに上陸!!

タイ・バンコクを経由して、6月11日のお昼前には、ムンバイに到着 (インドの人達は未だ『ボンベイ』と呼ぶ人が多い!!) 空港を出るや否や、突然当たり前の様に私の荷物が乗ったカートを押していくインド人のおじさん・・・。呆然としていると、「池澤君、自分で押して」と水野から声がかかる。どうやら、勝手に荷物を運んで、『チップくれ』というおじさん。少し奪い合いになりながらも、何とかTaxiに乗り、おじさんともおさらば。インド独特の荒々しい交通網と運転の中、無事ホテルに到着。それにしても、現地の運転には最初からビックリさせられました。日本でいうところの交通マナーなんていう常識はゼロです。でもそれが現地の常識。感覚の違いに驚きです。

ホテルに着いて間もなく、外に出てマーケットを歩いてウロウロ。今後の商品にヒントになりそうな物を探したり、私にとってはインド慣れする意味合いが大きい。とにかく人の多さや、せわしなさに圧倒されっぱなし!!たくさんの屋台やお店が所せましと並んでいて、通りがかって目が合えば声を掛けられ、立ち止まればスッポン以上に喰いつきの良い接客が始まり、受け流すのも大変です。インド慣れするにも、荒療治的で、相手に飛び込むのが一番!?とばかりに、水野も僕をほったらかしです。いろいろ質問するも、『聞いてみたら?』と・・・。そうだ、インドの人達と直接話しをする事で、コミュニケーションの方法もそうやって慣れて行くんだと、改めて実感。

海外での楽しみの一つには、やはり食事があります。初日のお昼と夜はあまり何を頼んで良いかも解らず、無難に「おススメ」の物をたべました。感想としては、「そんなに辛くないなー」と・・・。これだったら長い出張も食事に苦労はしなさそうだなと思いました・・・。しかし!甘かった。いや、辛かった!!
二日目の朝の事。前日から、朝食はマーケットの『屋台』で何かを食べようと決めていた二人。 マーケットをうろついていると、一軒やたらと人だかりができている人気の屋台があったので覗いてみると、『サモサ』屋さんでした!
さっそくサモサを注文。サモサ以外にも、サイドメニューに揚げせんべいらしき物や、野菜もあったので、いろいろ注文。二人とも、食欲旺盛!!『うまい!』と口一杯に頬張りました。さすがにサモサや少し辛かったですが、それでもさすが本場!!おいしい!!サイドメニューもおいしい!!『この緑の野菜なんやろ』と思いながらも、これも頬張る!!・・・・と、この瞬間!! 隣で食べてた一見知的なインド人のお兄ちゃんが一言『それ食べるんやったら、水かって飲んだ方がええで~(英語でね)』っと・・・・。 緑の野菜の正体は『チリ』でした・・・!! 私の中ではまだまだウォーミングアップのつもりだったインド料理・・・。数秒後には、口の中から火が出そうなぐらい、そして数分後には胃が焼ける様な熱さに・・・。それから一週間、いろいろ二人は苦しむはめに・・・。甘かった。いや、辛かった!! Welcome to India・・・

次回ブログは、
シサムのフェアトレードパートナー『Shramik』を訪問。
『この熱さは情熱!?それとも、チリ!?』の巻

ネパールの生産者 バビタさん

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5月17日(日)に、京都本店で開催しました”シサムのフェアトレード・パートナー訪問の旅・ネパールの巻”で
副代表・人見が、フェアトレードNGO”SANA HASTAKALA”で働く生産者「バビタ」さんの手記を訳し、お話しました。

その内容を、当日来られなかったお客様(もちろんスタッフにもね!)にもお伝えしたいと思い書かせて頂きます。

遠い国で働く一人の女性。
毎日の様に、メールや電話でやりとりし、商品を作ってくれている”SANA HASTAKALA”。
でも一生産者の方の、家庭環境までは、なかなか知る機会がありません。
私たちにとって、とても大切なこと、リアルなフェアトレードの現場です。

私たちは、こうした苦しい状況に置かれている人々をサポートする”SANA HASTAKALA”に敬意を抱くとともに、共に、魅力的なモノ作りを行い、たくさんの仕事を作ってあげなければ、と切に思うのです。

ムラカミ
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◎バビタさんからのメッセージ

私の名前は、バビタ ラジュバンダリです。 35歳で、高校卒業資格(*1)を持っています。 
カトマンドゥーに10歳の娘と住んでいます。 
娘は、今4年生で、名前を、ビバ ラジュバンダリといいます。
私は、サナのプロダクション・ユニット(*2)の一員として働いています。 
サナには姉に紹介されて2001年から働いています。

ここで、私は洋裁の技術を学びました。数年後、家族の助言と支えを得て、自分で小さな仕立て屋を始めました。 

ところが、その後、家族に不幸が立て続けに起こり、私の良き支えでいてくれた夫を失ってしまいました。
そして、娘と私は、行き場を失ってしまったのです。

すぐに私は自分の仕立ての仕事だけでは、生活ができなくなりました。 
そこで、私は、サナにもう一度お世話になることになったのです。

サナは、いつでも、私のような本当に困った状況の女性に門を開けて待っていてくれました。 
そして今、私は、サナのプロダクションユニットで、裁断担当のスタッフとして働いています。

サナに入って、私と娘は新しい生活を手に入れることができました。
今日、私は、自分たちの生活と娘の教育費をまかなうだけのお金を得ることができています。

私の一番の夢は、娘にきちんとした教育を受けさせてあげること。
そして、彼女を立派な真人間に育て上げるということです。

私は、サナ ハスタカラの仲間を家族と思っていて、彼女たちから、私は本当に大きな愛と思いやりをもらっていると思います。
ここにいれば、私は決して一人ぼっちだと感じたり、途方にくれたりするような思いをすることがありません。
だから、私も、責任のある家族の一員として、サナのみんなの役に立てるよう、人生をかけて頑張りたいと思うのです。

最後に、サナの愛とサポートがいつも私にあることを願うとともに、
シバ神が私たちを安全と平和のうちに守ってくれることを願っています!!

Babita Rajbhandari

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*1: SLC(School Leaving Certificate) – 10年間の教育を受けたという証明。日本の高校1年に相当します。
*2: プロダクション・ユニット – サナのオフィスがある建物の2階にある部屋で、聴覚や四肢に障害を持った女性をメインに20名ほどが毎日ミシンを並べて働いています。彼女たちはインハウスプロディーサーと呼ばれています。この他、サナの生産者の大多数は、自宅で作成したものを持ち寄ったり、カトマンドゥーから離れた、隔地の生産者グループのメンバーといったエクスターナルプロデューサーと呼ばれる人たちです。

あれから10年

シサム工房代表の水野です。
昨日で、シサム工房10周年の"THANKS FAIR"が終わりました。

たくさんの方にお越し頂き、本当に嬉しく思います。

有難うございました!

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あれから10年が経ちました。

こそばゆいような期待と根拠のない妙な自信。
じわじわと迫りくる暗闇のような不安感。

今でもリアルに思い出せる10年前、開店準備を進めていた頃の自分です。

準備で一睡もする余裕もなく迎えた開店初日は、晴れた気持ちのいい日でした。

あれから10年、いろいろなことがありました。

何より、今、こうしてあれることが嬉しいです。

そして、これからもしっかりとした根を大地にのばし、幹を大切に

育てていきたいと心を新たにしております。

これまで支えてきて下さった皆様に、心からの感謝をお伝えしたいと思います。

どうもありがとうございます。

そして、これからもどうぞ よろしくお願いいたします。

2009年5月7日

シサム工房 代表 水野泰平

ネパールフェアトレード出張行って来ます!!

今から 飛行機に乗って ネパールに行って来ます!

メンバーは、シサムの商品部の MOMO NANA アンド TOMO の三人娘。

今回の旅の目的は、2009年秋冬商品の最終チェック!と

作り手さんたちとの再会です。

今回は、新しいフェアトレードパートナーとも会うことになっていて、

楽しみです!

では、いってきまーす!

インドから、古民具届きましたー。

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先週の土曜日、インドから、コンテナに荷物が満載して入荷しました。

年に2回、酷暑と極寒にやってくるのインドコンテナ、
さらに、荷物は不定形で、重いものばかり、
シサム男性陣にとっては、体力の限界に挑戦の気合の入る日です。

今回も、インドの土埃まみれの梱包材と格闘しながら、一つ一つ包装を
解いて行くと、

鉄のトランクや、キャビネット、チークのベンチに刺し子の布・・・
味わいたっぷりの古民具や、リメイクされた家具などなど
シサムスタッフが、こよなく愛すものたちが出てきました。

梱包が解かれる度に、「おー」と、ところどころから、声が上がります。

スタッフO氏の目は、体を動かしつつも、早くも物色モード。

さてさて、そんなインドからの古民具が、順次シサム各店舗に並んでいきます。

是非、見にいらしてくださいー。

ムラカミ

闇の子供たち

映画「闇の子供たち」を見に行きました。

タイを舞台に、人身売買、児童売春、臓器の密売という題材を描いた映画です。
こう書いてしまうと、遠い外国での特殊な出来事という感じですが、

貧乏故に、親元から二束三文で売られた子供たちが、
地下の牢屋みたいな部屋で監禁され、暴行を受け、
性的欲望の対象としてモノの様に扱われ、
エイズを発症し、生きたままゴミ袋に入れられ、捨てられ、
また臓器提供の為、生きたまま手術台に向わされたり・・・

思わず、目をそむけたくなるような、映像が次々と描かれています。

梁 石日作のフィクションの原作に基づく映画ですが、タイでは、実際に、
いや、もっとひどい状況が現実にあるようです。

これは、可愛そうなタイの子供たちというだけの物語ではありません。

児童売春をしているのは、日本人を含めたいわゆる”先進国”の人間。
臓器が提供されるのも、日本人の子供。

そう、私たちを含め、”先進国”と呼ばれる国に住んでいる人間が、この状況を作っているのです。

そして、徹底的に無関心で、自己中心的。自分さえ良ければいい。
いや、あえて無関心になっているのか。

じぶんだったら、どう反応するだろうか?

シーンごとに、常に試されているような心境でした。

性的欲望を果たす為、休暇を取って、たくさんのお金を持って、あくまでも遊びに来る人もいれば、
一方では、同じ人間が意思や行動の自由すら与えられず、死んでいく。

正直、重い映画です。生理的に受け付けない人もいると思います。

でも、この映画で語られている闇の現実と向き合い、話し合ってもらいたい、そう思います。

江口洋介、宮崎あおい、妻夫木聡など、それぞれのキャストの心の動きにも引き込まれます。
適当な言い方ではないかもしれませんが、お勧めの映画です。

ラスト近くで、タイの女の子が叫びます。
「タイを馬鹿にするな」

その一言が心に残っています。

ムラカミ

インド 仕入旅より

インドです。あーインドです。、、

はじめてのキャセイ航空(香港の航空会社)で機内食のコップが
お茶用湯のみ仕様?で取っ手がないのを新鮮に感じつつ、
キャセイが誇るエコノミークラスでも各席についてる!映画などを見れるモニターに、壊れてたら意味ないだろう!とつっこみつつ、たどり着いたインドで、またもやハプニングに見舞われました。

朝2時頃にデリー国際空港に到着。
そこから国内線の空港までのフリーシャトルバスをみつけ、
大きな荷物をバスの荷入れ場所に積んでもらい、国内空港の近くのホテルまで連れて行ってもらう約束したところまではよかったのですが、、、

2箇所ある国内空港をまわり旅行者がみんな降り、空港近くのホテルに着き、ありがとー!!と降りて、荷物は?、と運転手に言うと、

ない。知らない!!と。

そこからもう大変でした。

出発地の国際空港や、寄ってきた国内空港に電話して、積み残し、置き忘れの荷物がないか、
ぱっぱぱっぱすぐに確認してくれればいいと思うのに、なかなかというかまったく動いてくれない。。。
タクシーで戻って自分でみてきたらどうだ、、、と、そんな調子。
だんだんこちらも声が大きくなってくると、
ようやくどっかに電話した後、必死な形相で、今まで寄ってきた順に、バスを戻してくれと言ってる水のに対して、無表情な顔で、ちょっと待ってくれの繰り返し。
そのうち、集まってきた空港関係者のなかで、ようやく少し話の分かるえらい人?の一言でようやく出発地の国際空港に戻ってくれることに。

その時点でもう5時近く。

どこに置き去りにされていたとしても、ここはインド。絶対にもう荷物は帰ってこないだろう、と完全にあきらめモード。

それでも、、、、それでも、、、、でてきたんです。戻ってきたんです!
(もうご対面して、今はその荷物をジョードプルへ行く飛行機に乗せるべくさっきチェックインしてきたばかり!!)

出発地に戻ってからも、担当者たちは緊張感なく、他人事の様子。
まったく無責任な対応。
というか責任はない!とはじめはマネージャーを呼ぶことにも抵抗する始末。

無理やりマネージャー室まで案内させて、マネージャーに状況を話すと、すぐにこれまでバスで寄ってきた国内空港の担当者に電話、
そして荷物が紛失物保管所?に保管されていることをすぐに確認してくれたのです!!

結局、バスのスタッフが、持ち主の確認をしないままに、途中で寄った空港に荷物だけを置き去りにしてしまった、ということでした。

あぶなかった。。。

それにしても、よくそれを保管室でちゃんと保管してくれていた!!
されどインド!!!でした。

すべて解決したのは6時半くらい。
当初は、ジョードプルへ行くフライトまで、7、8時間ほど空港近くのホテルにチェックインして少し休み、気合入れてラジャスタンへ行こう!!と考えていたけど、予定変更。
もうホテルにチェックインするには、もったいなーい、と思う中途半端な時間。
結局エアコンが効ききすぎの空港のソファで早すぎてカウンターに預けることの出来ない大きな荷物を抱えて、時間待ちをしてました。。。

ここはインド。あーインド。されどインドな話でした。。。

水野 泰平

インド出張から帰ってきました!!

こんにちは。シサム工房の水野泰平です。
先日、インド出張から帰ってきました!なかなかに中身の詰まった充実した出張でした。
今回のメインの一つは、毎年、秋冬にデカン高原ウールバックをシサムに届けてくれている、
フェアトレードパートナーでもある「シュラミック」の活動地、カルナータカ州北部の訪問でした。

いました、いました。デカン高原の羊たち。

ぼろっちぃー(ごめん!)シュラミックの車で、でこぼこ道をがったんごっとん揺られていると、
あまり大きな木がない高原に、羊飼いの少年を先頭に、でんでんでんでんでんとたくさんの羊たちが見えてきました。

写真を撮らせてもらおうと降りて、見渡すと、遠くのほうには、羊飼いの人たちが放牧の際に寝泊りする仮のテントや、
用心棒のように露骨に警戒する4~5頭の犬たち。いやーその犬たちが怖かった。。。
シュラミックの人たちもそれ以上は近づくな!と。

それでも羊飼いの人たちが近くまで来てくれて、シェパード(羊飼い)バックのオリジナルを見せてもらうことが出来ました。

真四角の立方体の形をしたシェパードバック、オリジナルにはスチール製の皿と木の実と隠しポケットの奥に
少しのコインが入ってました。(今季のデカン高原バックシリーズにシェパードバック登場するかも!)

「シュラミック」は、カルナータカ州北部に点在する村に創られた女性たちの自助グループを支援しているNGO。
代々、牧畜を生業としている人たちの「伝統的な暮らし」が現代の中で取り残され
貧窮化していることを背景に、さまざまなNGO活動の一環として、牧畜の民が伝統的に持っていた羊毛を使った手工芸品のフェアトレードに取り組んでいます。

今回、訪問してみてびっくり。ほんとに羊には、さまざまな自然の色があるんです
そして、集めた羊の毛を床にばらまいたあと似た色別に手で振り分けることから羊毛の手工芸は始まるんです!
その羊毛は脚の外腿や糸車を使って糸状に紡がれて、さらに必要に応じて複数の糸を撚ってより太い糸にしていく!
一つのバックが作られるのに、伝統的な暮らしに寄り添いながら、たくさんの人たちが関わり、まさに「手」と古から引き継いできた「技」が発揮されていることに感激して帰ってきました。

さらに、地元に根付いて生産者たちを支援しているシュラミックの考え方にも共感
生産者たちはワーカーではなく、一人一人が自立した職人(アーティザン)。
何を決めるのも生産者たち自身なんだ」と熱くこだわるのです。
点在して活動している自助グループを訪問するたびに、生産者みんなに集まってもらい、
シサムのことをしっかりと説明し、日本で求められている商品の質であったり、最近の状況について話し合ったりするのもそのあらわれ。
到着初日には、事前に何の前触れもなく、たくさんの生産者たちの前に座らされ、自己紹介や商品、日本についてなど、何でも良いから話してくれ、なんてこともありました。。。

インドの農村の暮らしにどっぷり使った数日間。
知りたい、見たいことがたくさんで忙しい日々でしたが、信頼できるフェアトレードパートナーを通して、生産者たちの暮らしを継続的に支えていく。そのモチベーションをさらに高めて帰ってきました。
シサムでは、ウールバックシリーズに加えて、草木染を施したコットンやジュートなどの天然素材を用いたバックも来年に向けて計画中。
今回訪問した生産者たちとの関係をさらに深めていきたいと思っています!

水野 泰平

神戸岡本店 出生秘話

神戸岡本店のプレオープンが4月22日(火)11:30~19:30に決まりました!
“プレ“がついてもあまり気にしないで下さい。正式な開店日は創業日に合わせて4月25日にしておきたいだけなので。ご来店をお待ちしております!

 内装はまさに手作り。なんでもできる大工のスナダさんの指導の下、シサムの屈強なスタッフが資材の仕入から材を切ったり、磨いたり、打ち付けたり、塗ったり、またそぎ落としたり。。。 あああしんどー。だけど楽しいー!!先月の20日から、私はほぼ朝から夜中まで毎日通い詰めでした。なかなか良い感じに仕上がりました!こだわりました!!
一ヶ月弱にわたった内装作業も終了。すでに什器兼用になる大物家具や商品たちを自分たちでつくりあげたサイコーな“箱”に搬入。ようやく開店カウントダウンのディスプレイに入っています。

 あー感慨深い!毎回そうですが、ここまでくるのにほんとにいろいろありました。
初めに一番大切だったのが、シサム内で出店についてのコンセンサスをとることでした。私自身、もともと店を増やしていきたい、ということはまったく考えていませんでしたが、シサム社内では多店舗!?にしていくことへの抵抗感が漂っていました。多店舗というとなんか、お店の愛情やこだわりも薄らいだイメージが浮かんでくるし。。。そんな中で、ここに新たなお店を出すことを検討し始めたときには、ほんとにいろいろなことを考えました。そしてそれは自分自身を見つめなおすいい機会になりました。何で店を増やしたいのか、これからどうしていくのか。。。

 新たな店舗を意識し始めた理由は、、、いぃ--つも普段から思っていること。シサムに志をもって集ってきたスタッフたちが安心して働いていける環境を創りたい。想いを、具体的なカタチにしていけるようになりたい。そしてそして、もっと生産者たちへ継続的で安定的な注文をしたり、実効的なサポートをできるようになりたい!そのために販売力をつけなければ。という意識からでした。そうした目標に近づけるために考えられる最も良い選択肢が、岡本の地で出会った場所への出店だと信じたのです! そして、さらにもう一点意識したことがあります。
 昨年のフェアトレードについての調査で、フェアトレードという言葉を知っていても購入したことがない人たちの非購入理由のトップが、身近にフェアトレード商品を買えるお店がない、ということでした。日常的に行く場所、通りすがりにふと立ち寄るような場所でフェアトレード商品と出会える機会がほとんどない、ということなのだと思います。と、いうことは、シサムのお店を増やすことは、ほんんんっとに微力ながらフェアトレードの裾野を広げる役割を果たすことになるのではないか! そんなことをあらためて意識するようになりました。

 これからもわたしたちは、プロとして、フェアトレードも含めた、優しくなれるライフスタイルを少しでも多くの人たちに、愛情とこだわり、そして遊び心いっぱいで提案していきたいと思います。 シサムの四男坊、神戸岡本店。どうぞよろしくお願いいたします!!

水野泰平

沖縄仕入

今日、沖縄より戻ってきました。
いやーよかった。
出張中に、久しぶりに家族で休みをいただくことができたのもすごく良かったですが、仕入れもなかなかうまくできて、良かった!

いつもお世話になっている登り窯の工房ではマカイ(茶碗)、湯のみ、マグカップ、豆皿、傘立てなど仕入眼にかなったものを可能な限り仕入れてきました。

今回は、いつもよりさらに早起きして、窯だしで出されたばかりの工房に一番乗り。
うちのもうすぐ3歳になるちびすけを背中に背負って一点一点、吟味していると、沖縄の民芸品をセンスよく扱う店の大手さんが5人ほどでさっそうと登場。それまで、これを吟味し終えたら、次あれに行こうと思っていたものを、まとめてがさっと、ごそっと。すごい勢いでとっていかれてしまった!

それをみてからはもう、取り合いの状況。
お互いに顔では互いに余裕を見せながら、もう必死。
ちびすけを背にもう汗だく。被害者のちびすけはもっと汗だく。
そんなこんなで、仕入れできるものは、可能な限り仕入れてきました。

ですが、そうそう窯出しに合わせて仕入れに来れないことを考えると、やはり仕入数は少ない。2週間ちょっとで届く登り窯で焼かれた陶器たち。希少品です。今から楽しみにしていてください!!

シーサー作家の宮城光男さんとも国際通りにできたシーサー美術館(光男氏のシーサーコレクションを展示した美術館。1,2階と地下がミュージアムショップとなっている)で再会!
 美術館は昨年訪れたときよりも格段にパワーアップ。ショーウィンドウから店内まで、シーサーたちと、彼のあそび魂があふれんばかりでした。
ためらいと恐れを知らない彼の感性がたまらない!
たくさんの刺激を受けてきました!!!

なんと九州にできた国立博物館に彼の作品が収蔵されたとのこと。
実際に、収蔵品を紹介するその国立博物館が出している本を見せてもらったが、一級の古美術品などとともに、彼の作品の写真と名前がどうどうと掲載されていた。すごい! シサムでは、それほどまでの彼の本格的な作品を紹介できていないのが、非常に残念に思ってしまった。

 リサイクルガラスの工房では、コップものを中心に注文。
使いやすいクリア色を基本に、白泡タイプ、重曹を使って陶器の世界でいう貫入のようなひびを底部に入れたタイプ、カラフルなカレット(ガラスの破片)をちりばめたタイプでコレクションをつくり注文してきました。

 なんと世界規模の某セレクトショップのバイヤーが少し前に注文しに来たとのこと。手仕事の価値は、ライフスタイルに影響力を持つそんなセレクトショップが扱うことで広がっていくんだよなーと時代の変化に嬉しくなった。反面、我々も今まで以上にがんばっていこう!と想いを強くするのでした!!!

 板ガラスや泡盛の瓶などを溶かし、玉状にしたものを吹いて、回して、棒などを押し当てて、形成。本当に一点一点魂の込めた手仕事品。シサムの店頭に並ぶのは、7月終り頃~8月はじめ頃になる予定です。

水野泰平

堀江店がちょっと変わる

師走です。
なんやかやと、本当に慌しく、あー師走だーと最近、何度口にしただろう。

静やかに季節感を感じさせ、珍しく清廉な心もちにもさせてくれる雪も、今回ばかりは、仕事の段取りを狂わせる困りものだ。
今日も、仕事納め前の大事な仕事で、山奥にある倉庫へ向かったところ、倉庫手前の坂道に残った雪でトラックがスリップしてしまい、倉庫までたどり着けない! 前もって、京都中のオートバックスで探してようやく手に入れたタイヤチェーンを取り付けたにも拘らず!! 雪のせいにしては、申し訳ない立地に倉庫があるのも原因なのですが、、、。

実は、年末の29,30,31日に、シサム有志の数人で堀江店の床を塗装する計画を立てています。シサムでも販売しているドイツの無公害塗料のオスモを使って、店内の雰囲気を変えます。少し前まで想定していなかったところも思い切って、塗ってみようかと思案中。堀江店にお越しいただいたことのあるお客様にとって、違った空間に見えるはずです。どんな空間になるか、1月2日からお待ちしています。

今年は、12月26日が営業最終日。2005年のこの一年。皆様どうもありがとうございました。皆様にとって2006年が実り多き年になりますように!!!。

明日は、京都店も堀江店も大掃除。1年の感謝を込めて、お店を磨き上げたいと思っています!

水野泰平

フェアトレード的未来/PICO掲載

フェアトレード的未来観
環境雑誌PICO別冊「エコビジョン 21世紀への提言」掲載文を一部改訂

2005年12月25日 シサム工房 人見友子 

だからフェアトレードはおもしろい
私の仕事は、輸入販売。京都と大阪に店を構え、いわゆるエスニックインテリア品などを売っている。でも、この店は、少し普通と違うと思っている。その鍵は、私たちがフェアトレードにこだわっているところにある。

私とフェアトレードとの出会いは、8年前。今、それはライフワークとして私の中に位置付けられている。フェアトレードとは、簡単に言うと「貿易を通した国際協力。」90年代から日本でも盛り上がりを見せている。フェアトレードの発想は、「途上国の人はかわいそうだから、寄付しよう。」ではなく、彼ら彼女らが、汗をかいて作ったものに当然の対価をきちんと払う。Trade not Aid. 「寄付でなく、貿易を!」 なのである。彼らが欲しいのは、上から振ってくる寄付金ではなく、継続的な仕事であり、職人、労働者としての誇りだと思う。「自分の運命を自分の手で変えてやろう!」ぐらいの前向きなパワーを持っている人が私は好きだ。それから、自分以外の「他人」のことを真剣に考えられる人に逢うと、素直に感動する。フェアトレードに関わっていると、こうした人との出逢いがたくさんある。フェアトレードに関わる醍醐味はここにあると思う。

ちなみに、わが店の名は「シサム工房」。シサムとは、アイヌ語で「良き隣人」という意味。多様な文化を持つ人々と、共に生きるシサムとして付き合いたい。そんなフェアトレード的精神を込めてみた。そして、そんなシサムがどんどん増えることを望んでいる。

ものが溢れる、この世の中で、一生活者として何を選択するのか。自分を取り囲むものとして、これから何を選択していくのか。
「自分が使って、食べて、心地よいもの、体によいもの。」 だけが、基準となるのか?
はたまた、自分の消費行動が周りに与える影響にまで、想いをはせられる人になるのか。「地球にやさしい。」「環境に配慮しています。」などは、最近よく目にするキャッチフレーズ。「おっ、だんだん世の中変わってきたぞ。」と感じ、とてもうれしい。でも、フェアトレードにかかわる者から一言添えると、その想いが、地球や生態系への影響だけに留まっていてはもったいない。

そこに、もう一つ、それを作る人の人権。つまり、作り手が、その人らしく生きることを尊重して作られたものなのかどうかまで、判断基準に加えてもらえたら、もっとうれしい。そこで、わたしたちが提案しているのが、「フェアトレード」というわけ。

 21世紀のフェアトレード的キーワード

” Think Globally Act Locally ”
「広い視野と、それを実際の行動に移すこと」

これが、21世紀のキーワードだと思う。そして、その視野を手に入れるには、「知ること」が第一条件。でも、知ってるだけじゃ、始まらない。朝、一杯のコーヒーを飲むにしても、それが、作り手、運び手、売り手に脈々とつながっている。何を飲もうが人の勝手だ、と思っていたような分野だ。

でも、どっこい、今の世の中。何をしようが、何を着ようが、自分の行動が、他に影響しないことの方が少ない。農薬で土地を汚し、働き手を買い叩き、どんぶら、だれかの涙の海を越え、はるばる運ばれてきたコーヒーを飲んでいるのかもしれない。それを、買うことで、間接的にその流れをサポートしている。そして、「買う」。すなわち「お金を出す」ということが、この流れの決定的な原動力となっている。

今の世の中、お金というインセンティブほど強いものはない。だから、私たちは、「買う」という行動に気をつけなくてはいけない。まず、関心を持つことからがスタートだ。一体ぜんたい、自分が今買おうとしているものは、なにものぞやと。一方、フェアトレードのものを買うこと。それは、地球の南側に笑顔の生産者を確実に増やす。そして、それが、「遠い国の知らない人のため」だけじゃなく、全体としてみんなの幸せに繋がっていく。

「地球規模で考えて、自分の毎日の買い物で意思表明する」

フェアトレードは、そんな簡単に参加できる国際協力の方法として、何より手軽だし、何より楽しい!一緒に考えて、一緒にできる事をやっていきませんか?どんな未来にしたいのか。それは人任せでなく、自分たちで作っていくものだから。

 

副代表 人見

インドで私も考えた

先日インドへ行ってきました。
店舗で毎月配布しているシサム通信にも書きましたが、インドは、私が始めて一人旅で訪れた国。思い入れのある場所です。

 今回、今までやむをえない場合を除いて、意識して避けていたことを始めました。
 それは、道端でお金を乞う子どもに小銭を与えることです。
 インドを訪れたことがある方はよくご存知かと思いますが、インドの駅や、信号、交差点、ホテル周辺など人の集まる場所には、お金や物を乞うたくさんの人たちがいます。首都のニューデリーだけでも10万人以上がいるそうです。たいていは、女性であり、子どもであり、高齢者や障害を持った人たちです。
 いろいろな背景や事情を背負っているのだと思いますが、農村部で暮らしが成り立たないこと、都会に来てもなかなか仕事を得ることができないことが背景にあるようです。憔悴しきった子どもを抱っこした女性もいれば、か細い腕でご飯を食べるジェスチャーをしてお金を乞うおばーちゃん。ぼろぼろの服を着た生命力にあふれた子どもや、つかれ切った子ども。さまざまです。
今までは、極力、そうした人たちにお金を与えるのは避けていました。
 
 というのも、ホームレス問題に取り組むNGOスタッフから、安易にお金を与えることで、与えられる人の依存が始まり、チャンスがあっても自立した仕事に就くための努力が続かず、また物乞いに戻ってしまう、という話を聞いていたからです。その他にも、真偽は確かめたことはないですが、マフィアが、ホームレスの人たちをトラックの荷台にのせて、朝早くに乗り付け、定位置に配置し、同情を誘うために、小さな子をあてがったり、あえて子どもを障害者にしたり!!して、お金を集めたりしている場合もある、と聞いたこともあります。
 そんなことを考えて、一体どうすりゃいいんだ、目の前にいる、朝からほとんど何も食べていないかもしれない、この貧弱な子どもに、ちっちゃな子どもを抱っこしたやせこけたおかーさんに、ポケットに入ったちょっとの小銭を渡さないほうが本当にいいのか、といつもジレンマを感じていたのです。
 
 そんな場面で悩みながらも、今回は、自立した仕事につくチャンスが誰にもあるわけではないし、また今食いつないでいなければ、そんなチャンスに出会うこともできないじゃないか、という思いで、子どもを対象に、小銭があれば渡す。渡すことでたくさんの人が集まることがないような、良いタイミングであれば渡す、というように、できる限り、自然に行うことにしました。小銭を渡すことは、たいしたことではなく、自然の行いであるかのように。残念ながら、これでみんなを救えるわけではなし、状況が変わるわけでもないのだから、、、。
 ごく自然に。そうすることで、私自身は、気が楽になりました。果たしてこれがいいことなのか、確信はもてないし、自分の気が楽になる、ということはどういうことなのか、ある種の逃避なんじゃないかと思ったりもします。
 このことについて、ご意見のある人、是非聞かせて欲しいです。みるからに栄養失調の子どもからお金を乞われたら、あなたならどうしますか?

 私は、今まで以上に、フェアトレードの仕事をがんばろうと思います。誰もが、都会でそんな同情を買って生きていきたくないはず。都市問題は、農村の問題。自分の出自の農村で、自分の力で身近な素材と技術でものづくりをし、家族揃って暮らしていく、そんな試みを購入を通してサポートしていきたい。気を引き締めてやっていきます。
 そしてもう一つ。今度からはキレイな折り紙を持っていこうと思っています。今回も紙切れを使って子どもたちに折鶴を折ってあげようとしたら、大失敗。すっかり折り方を忘れてしまっていました。それでも目をきらきらさせてみていた子どもたち。お金とは別に、ストリートで出会う子どもたちとの大切な時間をもてる気がします。

 帰国してすぐに書いたシサム通信で予告したので、ご紹介しますね。
 今回の出張で注文してきたジュート家具の椅子や二人用ソファやスツールたち。
 現地名でサッカンダールという植物の茎と、ムッジと呼ばれる繊維の紐を使った家具で、インドの庶民の人たちの家具としてよく見かけるものです。以前に、特別に材料や仕事にこだわり、輸出クオリティーにしたものと出会い、ずーと仕入れるタイミングを計っていたものです。ムッジと呼ばれる紐がジュートに似てるので、比較的慣れ親しんだ、ジュート家具と名づけてしまいました。
 
 この家具は、フェアトレードNGOを通したものではありませんが、インドの中でも最貧州といわれる、ウッタルプラデーシュ州の村の伝統的な家内生産品で、村の人たちが、自分の家で工程を分業して作っているものです。その村に行くと、たくさんの家庭で、この家具を作る様子が見ることができるそうです。とっても軽く、手軽な家具で、これからのシサムでのお勧め。なんといっても、インドの特権階級向けではなく、庶民が日常使いしている気楽な家具というのがなんか良い感じでしょ。
 入荷予定は、1月末頃。お楽しみに!

水野泰平

テロの再生産

バリ島でまた爆弾によるテロがありました。
新聞の一報をみて、え、え、え。バリのどこで?、被害は? と一瞬、気が動転してしまいました。バリ島は、シサムのフェアトレードパートナーたちがいて、よく出張でいくところで、すごく身近な場所。先日そこから帰国したばかりでした。
 
 不運にもその場に居合わせ、被害にあった人たち、またバリ島で観光業に依存して暮らす人たちのことを思うと、悲痛な思いになります。なんでこんなことがまた。

 シサムのパートナーたちは、観光市場にはなかなか入ることのできないでいる人たちですが、それでもバリの経済、そしてインドネシアの経済に大きく影響を受けて暮らしています。結局、弱者にしわ寄せが行くのは目に見えています。

誰もが皆、尊厳を持って平和に暮らしたいと願っているはずなのに、何でこんなことが繰り返し起こるんだろう。

 今回は、イスラムの原理主義者によるもののようですが、暴力で自己の目的を達成しようとするテロリズムは、誰がどんな理由で行おうとも、絶対に間違ってる。
 
 こういう原理主義者によるテロがあると余計に、悲嘆と怒りの影に隠れてしまいがちなことだけども、アメリカによる正義の名の下に行う殺戮行為も、今回の爆弾テロと全く同レベルで非難されるべきだと思う。
 アメリカの権益に叶わぬ国に住む、子どもを慈しみ、家族を慈しみ、平和な暮らしを慈しんで暮らす、私たちと同じ人たちが、爆撃で一瞬で殺される。手足を失い、これからの人生を大きく捻じ曲げられる、、、。アメリカ主導のこうしたことが世界にテロ行為の再生産を引き起こしているように思えてなりません。

 今回、信念を持った政治家、小泉首相の率いる自民党に私たちは、圧倒的な議席を与えてしまいました。私は、小泉首相に対し、今までの政治家にない、クリーンで、信念をしっかりと持った人物のように思えて、好感を持っていますが、その持っている信念が、右翼的で怖くてしょうがありません。 この先、憲法が改正されて、自衛隊が正式な軍隊となり、アメリカのいう正義の旗のもとで、アメリカの敵国に暮らす人たちを殺しにいく事になるかもしれません。テロの再生産の一翼を直接担う事になるかもしれません。
 わかってて大多数の人は、自民党に票を入れたんだろうか。

 なんか、今回の爆弾テロは、その衝撃とともに、ずっと腹を立てていたことに油をそそいだかんじです。

                                  水野泰平

バリ島での車、バイクの運転

今朝、インドネシア出張から帰ってきました。
今回は、ロンボク島やジャワ島へは立ち寄らず、バリ島のみの一週間ほどの出張。
深夜便で帰ってきたときは、いつも頭がボ~。
なんかふわふわした感じです。
帰国間際まで、Tシャツの袖を肩まで手繰って、常夏の太陽の下、
バイクで動き回り、がんばって日焼けしすぎたせいかもしれない。
ビーチやけではなく、バイクやけなのです。残念。

バリでバイクや、車をレンタルし運転するときの注意点。
道端にいる警察官と目を合わせるな!。

優しげに手招きされて、いつのまにか小遣いをせびられる事になります。
理由はいろいろ。
今までに、バイクのヘッドランプが昼間につけっぱなしになっていた
(日本ではつけておいたほうがいいとされる)。
信号の停車線をオーバーした。
この車はこの道通ったらダメなんだ、ってのもあった。
同じ車種の車がどう見ても行きかっている道にも拘らず。
レンタル車はダメってこと?

だから、車、バイクを運転するときには、なるべく信号の最前線にはいかず、
前の車やバイクの陰に隠れているのがおすすめ。
もし前に行ってしまったら、極力、信号機の一点のみを凝視し、
こちらへ視線を送る警察官のほうを見ない。
警察官が手を振っているらしいのが視野に入っても、前方のみを見続けて、
行けるものなら、気づかないそぶりで突破する。
目が合わないように、サングラスをかけるのはお勧めです。

前回の出張時には、前方左側に警察の車が見えたので、前を走る車の右後ろにつき、
左側からは陰になって、隠れながらうまく突破成功!!と思いきや、
右側の道に立っていた警察官にハイ御用。
そのときは、国際免許不携帯(これは私が悪い)で大金をむしりとられてしまった。
このときは、大金を取られ腹立たしかったものの、だましあいに負けたという、どこか観念した気分だった。

不当な言いがかりには、ちゃんと主張すべきなのですが、
絶対にそうすべきだと思うのですが、、、実際には、免許証を取り上げられ、
巣窟である警察署へ同行させようとする相手にかける時間とエネルギーとの相談
ということになってしまうのです。

警察の小遣い稼ぎの背景には、公務員ながらも、まだまだ低賃金待遇で厳しい
というのもあるんだろうなー。

実は、これが初ブログの水のです。シサムの代表です。
自分でも驚くほどの筆不精。
もしもっと筆まめであったなら、、、折角の出会いを大切にできたなら、、、
もっともっと人のネットワークが広がっていくのにと、思うばかりでなかなか
理想の自分には近づけません。

それでも、折角ブログといういい機会を持つことができたのだし、
これからシサムでやろうと思っていること、出張の話、生産者の話、
フェアトレードについての話など、自分を奮い立たせて!
このブログの場でお伝えしていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

それにしても、こんなこと私が書いていいのか分かりませんが、
毎回このブログに書いている京都店、堀江店の人たち。
日常の中で、みんなそれぞれ感受性豊かにいろいろなことを感じているんだなー
とブログの日記を読むたび、本当に感心しています。
それを文章化できるのもこれまたすごい。
ほのぼのとしたものが多っかたり、新たな気づきがあったり、
私自身、毎日楽しみにしています。私もがんばろー。

来月には、インド出張。
今から少々気が重い。いやいやがんばらねば。

代表 水野泰平

ディープなシサム

シサム誕生まで

シサム工房代表、水野泰平、20歳の時(1989年)、南アフリカでのアパルトヘイト(人種隔離)問題と出会い、強い衝撃と共に、そのあまりの不条理さに強い怒りをおぼえ、反アパルトヘイトの市民活動に参加する。

その後、アジア、アフリカへの一人旅を始め、さまざまな所で、さまざまな人たちが、さまざまな状況の中で、あたり前に、そしてたくましく暮らしていることへ純粋に感動した。そしていつの間にか、何かしらの形でアジア、アフリカの人たちとのつながりを感じながら、生きていきたいと考えるようになる。

学生を修了後(1995年)、ふとしたきっかけでエスニック民芸店を経営する会社に入社する。そこで約4年間、仕入れ、輸入、販売に関わる知識、経験を得る。

退社を決めてそこで考えた。NGOの海外現地スタッフとして、直接アフリカの人たちと暮らすことを目指すか、自分の店を日本に持って、そこを基点にアジア、アフリカの人たちとのつながりを築いていくか。

10年先の自分を一生懸命想像したとき、無理せず純粋に素直な自分でいられる状態はどっちか、そう考えて出した答えが、1999年、4月25日のシサム工房設立になる。

あくまで自分のついていけるペースで、南の人たちとのよりいい形でのつながりを常に求めながら、生きていく。その場としてシサムを育てていきたいと思っている。

同時に、今後増えていくであろうシサム工房で共に働く人たちの想いや理想、そしてお客様の想いまでが加わりながら、予想もつかない展開になればなお楽しいと思っている。

店名「シサム工房」に込めた想い

いつの間にか好きになっていた手仕事の品々。自分が「何で好きになったか」と考えてみると、きっと一つ一つが、みなすべて異なっていることが魅力なのだと思います。

ものだけでなく人にしても、それぞれがみな異なっていることに面白さ、魅力を感じるのです。

アイヌ関係の本の中で、偶然出会ったのが「シサム(隣人)」という単語。「同じ人間だからつながるのではなく、お互いに個性として異なる人、だけどお互いに無関係では生きられない隣人として、互いを尊重しあいながらいきる」、そんな想いをこの言葉に込めて、店名としました。

シサム工房という場を通して、自分も含め、一人でも多くの人がシサムとなり、互いを尊重した関係を築いていければと願っています。

シサムの場で共有したい価値

1)異なる生活習慣や文化背景の下で、人の手により生み出される、手仕事品の味わいや、そのかけがえのない価値。これは、機械による大量生産品では味わえないと考えます。

2)ものの背景にある、作り手の生活や、生産・流通過程での社会や文化、環境面での影響に思いをはせた消費行動の提案。

3)よき隣人として、地球上のあらゆること、ひと、ものを意識し、自分たちの身近な生活に結びつける生き方の提案。

事業を通して表現する

シサムは、販売を通して営利を追及することだけを目的に設立した事業体ではありません。 自分たちが生き方として信じる価値を事業の中で表現し、それを生業とすることを目的にした事業体です。

表現方法

社会に対し、表現するといっても、一方的にアピールするという姿勢ではなく、多くの方たちに共感を持って受け入れていただくためにはどうしたら良いか、という姿勢で常にありたいと考えています。

日常の店舗業務の中では、(1)取扱商品の選択(2)空間作り(3)接客態度や方法。 これらトータルで表現していきたいと考えています。

シサム工房 代表 水野泰平

 

<リンク>

フェアトレード (http://www.sisam.jp/fairtrade/sisam15.html)

フェアトレード×シサム工房 について(http://www.sisam.jp/fairtrade/sisam17.html)

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